2014年3日25日

「メキシコへの長い長い旅」

空港ゲート係「そのベースは持ち込めません。預けてください」
アンソニー「貴重品なので、預ける事はできない」
空港ゲート係「機内持ち込みはできません」
私「座席を買うので、持ち込ませてください」
空港ゲート係「満席なので、席はありません」

3月20日、午前4時半。シアトル空港。
前日もライブで、気持ちばかりの仮眠を取って来たばかりだ。
エンジニアのダンは、ライブ直後の深夜便に乗り、メキシコへ向かった。
今日のスケジュールはそれくらいタイトだった。
シアトルからメキシコシティーへは、
サウンドチェックに間に合う時間に到着する直行便がなく、
午前5時20分発のアリゾナ・フェニックスの乗り換え便で、
なんとか間に合うというスケジュールだった。
みんな承知して、引き受けたライブだった。
サイモン&アンソニー&私、3人でゲートの人に必死で説得する。
サイモンの饒舌な交渉、アンソニーはボスっぽく後ろでどーんと構え、
私は旅する子供の顔で、なんとか情に訴える作戦だ。
しかし全く効き目はなく、断固としてダメだと言われる。
サイモンが中に行ってCAと交渉して来ると言い、飛行機に入って行く。
一度入ったら出られません、と忠告を受ける。
10分くらいがすぎ、サイモンからメール。
「全く聞く耳を持ってくれない。こんなのは初めてだ」

楽器の飛行機持ち込みは、アメリカの音楽家組合と航空会社で決められた法律があり、
国内線は持ち込める事になっている。
その話をしても、うちの航空会社は持ち込めませんの一点張り。
今まで、アンソニーも私も、これでもかというほどアメリカ国内線に乗って来て、
こんなことは一度もなかったので、なんで今日・・という感じだ。
アンソニーは首を振って、
「絶対預けるなんて出来ない。投げられて壊れて終わりだ」と言う。
困った・・・。刻一刻と時間は過ぎて行き、最終搭乗の時間になった。
ゲートの人に「どうしますか?預けて、乗りますか?」と最後の通告を受ける。
朝5時だ。事務所もプロモーターもどこも開いていない。
私の決断が最終決断だ。
「アンソニー、乗って行って。ベースは私がなんとかする」
そう告げて、アンソニーを飛行機に乗せる。
午前5時20分。サイモンから「がんばれ」とメールが来た後、飛行機は飛び立った。
私はシアトル空港で、アンソニーのベースと、ひとり残った。

そうする事に決めたのは、いくつか理由がある。
まずサイモンは、ドラムのセッティングがある。一番早く会場に行く必要がある。
この便に乗っても、メキシコに着くのは14時だ。
アンソニーは1人でこの状況を打破することは出来ないだろうから、
私も一緒に残る必要がある。
最悪の場合、航空券を買い直すことになるのなら、2人分より1人分の方が、いい。
何よりも、みんなほとんど寝ていないのに、
メキシコに着いてから、誰1人ホテルで仮眠も取れない状況にするのわけにはいかない。
一番体力のある私が、1人残るべきだ、との判断だった。

ゲートの人が「提携会社のフライトで次の便は、
メキシコシティーに夜20時に着く便ですよ。」と言う。
20時に空港に着いたのでは、20時開場21時開演のライブには、絶対間に合わない。
仕方ない。とりあえず、ネットで他の航空会社の便を探そう。
パソコンを開く。全くインターネットに繋がらない。
今の時代、これだけ大きな空港で、WIFIが飛んでない空港なんて、ほとんどない。
なんで、こういう時に限って!仕方ない・・・。スマホで探そう。
一番早くメキシコシティーに着く便は、夜18時半着。しかも残り1席。
これより早く着く便はひとつもなかった。
しかもその便は、アトランタ経由で、シアトルから5時間、アトランタから4時間、という、
イジメのように遠回りな便だった。でもそれしかない。
初めてのメキシコ。
今回の為に、現地からの取材もたくさんして、みんな楽しみにしているよ、と言われていた。
なんとしてでも着かなければ。

ただ、この便、出発が午前8時。出発までには、後2時間しかない。
しかも、出発ゲートが、今いるゲートとは違うターミナルの一番遠いターミナルにあった。
それまでに航空券を購入発券し、チェックインし、そこのゲートに向かわなければならない。
全てを1人でやる時間はない。
マネージャーの自宅電話と、ブッキングエージェントの私用携帯を鳴らす。
アメリカでは、日本と違って、ほとんどの人がプライベートと仕事をきっちりわけている。
オフィスアワー以外に電話するのはタブーだし、ものすごい問題が発生しない限り、
私用携帯や、家の電話は鳴らしてはダメだ。
でも、今はこの「ものすごい問題が発生中」だ。
ネットに強いエージェントを、3回鳴らして叩き起こし、
今すぐパソコンで指定のフライトを購入して、と頼む。
私はその間、トラムを乗り着いて、そのフライトが出発するターミナルへ向かう。

午前6時半。
チケットが発券できた。乗り換えのデスクで、チェックインする。
ここで乗り換え中のエンジニアのダンからメール。
ダン「サイモンからメール来たよ。ベース乗れなかったって?
実は俺のヒューストンからの乗り換え便も、飛行機が不具合があって、
だいぶ遅れていて、目処がたっていないんだ。災難続きだな」
私「とりあえず、次の便を買った。
その飛行機がベースを乗せてくれて、全部オンタイムなら、ギリギリ間に合うはず」
ダン「幸運を祈る」
こんなやり取りをして、ドキドキしながら、飛行機を待つ。

ゲートでアナウンスが流れる。
「満席に付き、機内持ち込みしなくても良い荷物は、ゲートで預けてください」
あぁ・・・嫌な予感。
とりあえず、見つからないように、隠れる。
ダンからメール。「こっちは搭乗できた!あとはひろみだ!頑張れ!」
私の搭乗が始まり、この航空会社に去年たくさん乗ったため、プラチナ会員の私は、
一番最初に乗る権利がある。プラチナカードの威力の見せ所だ。
ドキドキしながら、チケットを渡す。
一瞬ベースを見られるが、何も言われなかった。
ビバ!プラチナカード。まるで、水戸黄門の印籠だ。
ドヤ顔を悟られないよう、飛行機に乗り込む。
乗り込んでも、中のCAに止められる可能性がある。とにかく笑顔だ。
いつもの3倍くらいの笑顔で、How are you?とご機嫌を伺いながら、自分の席まで歩く。
ベースを上の棚に乗せ、席に着く。
ヨシ!ここまで来た。とりあえず、サイモンとダン、エージェントと事務所に、メール。
「第一関門突破!」
あまりの睡眠不足に、飛行機が動くまえにうとうとしていたら、誰かに肩を叩かれた。
CAの人が、「搭乗券を見せてください」と私に言う。
一瞬で冷や汗がダーッと出て、搭乗券を見せる。何事だろう?
CAの人の隣には、女性が一人立っている。
「あぁ、席が重複していますね。ダブルブッキングですね・・・」
えぇーーーーー!!???
他のCAに連れられて、とりあえず女性が飛行機から降ろされる。
CAの人が、「おかしいですね。少し調べます。待ってください」
この待ち時間程、寿命が縮むものはなかった。
この飛行機を逃したら、私の人生発のメキシコ公演は、実現しない。
しばらくしてCAの人が戻って来て「そのままで大丈夫です」と言った。
ほんの10分くらいだったけど、ものすごく長く感じる10分だった。
どうして私が席の取り合いに勝ったのかは不明だけれど、この際理由なんてどうでもいい。
とりあえず、一歩公演実現に近づいた。
午前8時。
飛行機は出発し、気絶するように眠りに落ちた。

15時45分。アトランタ到着。
水戸黄門の印籠「プラチナカード」を握りしめて、次の便が出るゲートまで向かう。
ゲートに到着。この便はそこまで満席ではないらしい。少しホっとする。
サイモンからメール。
「大変だ。メキシコに着いたけど、ひろみのスーツケースとアンソニーの機材が届かない」
盲点だった。
私のスーツケースは、最初の便で、サイモン達と一緒に行ってしまっていた。
アンソニーの機材も私の名前でチェックインしていた。
直行便だったら、着いていただろう。
でも航空法で、乗客が乗っていない場合、荷物は降ろされる。
きっと乗り換え地点のフェニックスで降ろされたのだろう。
とりあえず、預け荷物引き換えのチケットを写真に撮って、サイモンにメールする。

16時15分。
荷物がどこにあるかの返事を待っている間に、搭乗時間が来た。
飛行機に乗り込む。問題なしだ。ベースを棚に乗せ、席に座る。
サイモンからメール。
「ひろみのスーツケースとアンソニーの機材は、午後22時半に到着するそうだ」
夜22時半・・・。ライブには間に合わない。
「アンソニーは、大丈夫?」とメールする。
「2人とも、今夜ALIVEを弾くのが楽しみにしているよ。笑」
冗談を言う余裕があるなら、大丈夫。
もう会場に着いているダンにメール。
私「アンソニーの機材が届かなかった。代用できる物を、いますぐ探すように、
プロモーターさんに伝えて」
ダン「なんてこった・・・了解!」
私「こっちの飛行機は、オンタイムに動きそう。18時半には着く」
ダン「了解。大丈夫、ひろみならできる」
飛行機が動きだし、携帯を切るようアナウンスが流れた。
飛行機はオンタイムで出発してくれた。
スーツケースと機材はともかく、私は18時半にはメキシコシティーに到着する。

さて、どうする。これから4時間は機内。
その時目に飛び込んで来た、機内のWI-FIのサイン。
最近アメリカの国内線はほとんど、WI-FIが飛んでいる。
この便も、アメリカ上空を飛んでいる限り、WI-FIが使えるというのだ。
やった!これで、プロモーターさんや事務所にメールができる。
眠い目をこすりながら、一定高度になるのを待ち、WI-FIを繋げる。
スーツケースと機材がなくなったことを報告。
機材については、もう動き出している、との報告を受ける。
ひろみのスーツケースでライブに絶対必要なものはあるか?と聞かれる。
スーツケースに入れているのは、衣装だけだ。
自分の今日の格好を再度確認し、愕然。
今日に限って、大好きなサンドウィッチマンのネタ、
「ピザハットリ」と書いたTシャツを着ていた。
下はジャージ。
初めてのメキシコ公演・・・。
取材カメラもたくさん来る中、ピザハットリにジャージ・・・。
サンドウィッチマンは大好きだけど、
この格好では何かあったのがお客さんにバレてしまう。
しかも、メディアを通じて、メキシコ国内中にバレてしまう。
「なんでもいいので、黒のトップス&パンツを用意してください。
あと女性スタッフにメイク道具一式&ヘアスプレーを借りられるようにしたい。」とメール。
楽しみにしてくれているメキシコのファンの為に、出来る限り、
みんなが想像しているイメージのまま、ステージに出たい。
アンソニーの代用機材が揃った連絡や、これが手に入った、あれが手に入った、
そんなやり取りをしている間、メキシコ上空に入って、WI-FIが途絶えた。少し仮眠。

18時30分メキシコシティー到着。
開場20時開演21時。飛行機を降りると、
空港の人を説得して中にいれてもらったらしいプロモーターの人が、ゲートで待っていた。
パスポートコントロールを通過し、税関を通過し、走って車に向かい、空港を出たのが19時。
会場までは30分かかるという。そして、ここから大渋滞に巻き込まれる。
このままじゃ50分かかるなぁ・・・と言われる。
とりあえず、開場は30分遅らせてもらえる事になった。
呼吸が少し苦しい。疲れが出ているのか・・・。
いや、違う。この町は標高2200m。急に山の上に来たようなものだ。
全くもって、すごい過酷な状況だ。神様はこれでもか、これでもか、と私に挑戦して来る。
くたばれ、と言わんばかりに。
くたばってたまるか、と歯を食いしばり、車内で今出来る事はないか、と脳みそフル回転で考え、
車の中で、セットリストを考えて、あと、スペイン語を教えてもらう。
私は、出来る限り、現地の言葉で挨拶をするようにしている。
昔、英語がしゃべれなかった時、
日本で外国人のミュージシャンのライブを見に行って、
英語がわかる人だけが笑ったりしている置いてきぼり感が、
とても寂しかったのを覚えているからだ。
セットリストも完成し、スペイン語も教えてもらい、会場に着いた。

19時45分。
サイモンとアンソニーが駆け寄ってきて、無言でハグ。
信じられない。本当に着いたんだ。
アンソニーが愛でるように、ベースを手にする。
ダンに「ひろみは絶対来るってわかってた。
だからプロモーターにも落ち着くように言ってたんだ。彼女は絶対来る、信じろってね。」
と言われて、涙が出そうになる。

さあ、サウンドチェックだ。開場予定時間からサウンドチェックを始める。
ほとんどの事を済ませてくれていたので、スムーズにサウンドチェックは行った。
20時半。
楽屋に黒いTシャツとパンツがあった。
用意してくれてありがとうと、プロモーターさんにお礼を言って着替える。
化粧品は?と聞いたら、なんと知り合いにメイクさんがいるから頼んだ、との事。
この上なく濃い顔のメキシコ人のメイクさん登場。
メイクをされている間、疲れもあり、ぼーっとして、あまり鏡を見ていず、
「こんな感じでどう?」と聞かれて、鏡を見てびっくり。
多分、メキシコの人から見ると、私の顔は本当に凹凸がなく、
テルマエロマエで言う、平たい顔族だったのだろう。
ものすごいシャドーとアイライナーで、昔の椿鬼奴さんのようになっていた。
失礼のないように「もう少しナチュラルに・・・」とお願いして、
だいぶ落としてもらう。
それでも向こうもプロの意地があるようで、平たい顔族の目元が耐えられないのか、
目元はあまり落としてくれず、ギリギリ、ソフト椿鬼奴のようになった。
平たい顔族に何をしても、ペネロペ・クルスにはならない。
時間もないので、ソフト椿鬼奴でステージに出ることになった。
でも、このメイク、メキシコ人にはとても受けが良く、みんなに褒められた。
あくまでお世辞かもしれないが、信じてステージに出るしかなかった。

少し開演が押し、21時15分。
幕が上がった。
今日あったことを話すかどうかプロモーターさんに聞かれたが、話さないようにお願いした。
同情を誘うのは嫌だ。
きっと疲れているだろうに、素晴らしい演奏だった、という評価は嫌だ。
あくまでガチンコ勝負で、お客さんの期待のハードルをクリアしたかった。

舞台袖で、3人で円陣を組む。「演奏ができるんだ。いい演奏にするしかない。」
ステージに出る。
ものすごい興奮の渦に巻き込まれたお客さんの歓声が聞こえた。
アンソニーとサイモンと顔を見合わせる。
ダン、プロモーター、エージェント、事務所の人達、全員のおかげで、今ここに立っている。
誰1人かけても、今日のライブは、実現しなかった。感謝の気持ちしかない。
崖っぷちからの一発大逆転だ。
お客さんの笑顔と歓声に囲まれながらライブが始まった。
「人生で初めてメキシコに来れて、ライブが出来て、本当に嬉しいです!」とスペイン語で話した。
90分を走り切る。
何度もスタンディングオーベーションを受け、泣いているお客さんもいて、涙が出た。
納得行かない部分も何カ所かあったけど、まだまだ未熟者、仕方ない。
でもやれる限界までやった。
「はぁ・・・終わった・・・夢みたいだけど、現実なんだ・・・」

結局22時半に着くはずだった荷物は、夜中の3時に届き、やっと眠りに着く事ができた。
なんて言う一日だろう。
時に人生は、必要以上にドラマティックだ。
今日という日を全うできた事を、心から誇りに思えた。

そして、次の日のメキシコ公演、その次の日のロス公演を終え、
私は今ルーマニアにいる。
さぁ、今日も限界まで、やってやろうじゃないか。

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