2011年7日31日

「Hunger」

ウィーン空港にいた。
ルーマニアへのうまい乗り継ぎがなく、
空港で6時間待っていた時の事だった。
ルーマニアのフェスティバルの人からの連絡。

「ピアノを運んでいたトラックが事故に遭い、
ピアノが壊れたため、ピアノがないです」
「・・・・・・・」

目が点、とはこの事だ。
ただでさえ、疲れているし、夢だったらどれだけ良いか。
でも、ピアノがないのだ。
「今必死で探しています」との事。
不安を抱えたまま、ルーマニア行きの飛行機に乗る。
降りる頃には、解決していますように。

ルーマニアに着いた。
フェスティバルのお迎えの女の子が「HIROMI」と書いた紙を
持っている。
その子が開口一番「ピアノの事は、聞きました?」
「・・・・・・・・・・・・・。まだ解決してないの?」
「コンサートで弾けるようなピアノが私達の町にはないんです」
今から行く町は、空港から更に3時間弱かけて着くガラナという街。
行った事がないので、想像もつかないが、相当田舎らしい。

車にとりあえず乗り込み、呆然としながら、
フェスティバルの一番えらい人と話をする。
何度も電話が途切れる。
電話が圏外になるほど、田舎らしい。。。益々不安が募る。
長旅を経て、ピアノがなくて演奏できなかったら、哀しすぎる。
しばらくして、女の子の所に、えらい人から電話があり、
「ピアノが見つかりました!でも、C3です」
「C3・・・」
C3というピアノは、言ってみれば練習用のベイビーグランドピアノだ。
それでアンソニーのコントラベースギターと、
サイモンのツーバスのドラムをやるのは、とても難しい。
ドラムセットより、ピアノの方が小さいぐらいのサイズだ。
女の子が聞く。
「どうしますか?コンサート、キャンセルですか?」
「いや、キャンセルはしないけど・・・。ここまで来たのだし。。。
でも、なんとかせめてセミグランドピアノでもいいから、探せませんか?」
「明日の朝まで待たないと、今の時間では、もう無理です」
それもそのはず。もう、朝の1時を回っていた。
車は進み、どんどん林の中に入っていく。
希望が途絶えていくみたいだった。

あまりの疲れから、意識が時々遠のく中、女の子が言った。
「私、ピアノをやってたんだけど、途中で嫌になってやめたんです。
最近やっぱりピアノが好きだなぁと思って、また始めたんだけど、
続ける秘訣はなんですか?」
とてもマジメな質問だ。
意識がふらふらの中、出た答えは、
今までどのインタビューでも言った事がない答えだったけれど、
意識がふらふらだったからこそ、本能に基づく本当の答えだったと思う。

「Hunger」(飢え)

音楽に対する飢え。
もっともっとと欲する気持ち。
それじゃなければ、24時間もかけて、どこかに演奏に行かないし。
ただ、好きだから。欲しいから。
本能に忠実な欲望。

そんな話をしながら、ふらふらの意識の中、車に乗っていたら、
警察に止められた。スピード違反だそうだ。
もう、笑ってしまう。踏んだり蹴ったりだ。
こういう不運続きな日が、時々ある。
空き缶があったら蹴りたいような日だ。
でも、蹴る缶もないので、
こういう時は、どんなに深夜でもアイスクリームを食べていい、
という小さなルールを自分で決めている。
でも、アイスクリームも売ってなかったので、しょんぼりだ。
ふてくされるしかない。
結局着いたのは、夜3時半を回った頃だった。

朝起きて、会場へ向かう。
堂々とステージに座る、小さなピアノC3。
「今日の相棒は、僕です。もう変わりようのない事実です。」と
言っているかのように。
昨日話したフェスティバルの人が謝りに来る。
「もうしょうがないから、これでやるしかないね」
小さなピアノを大きく見せる魔法をかけなければ。
マイキング、演奏、全てをもってして。
だって、お客さんに罪はない。
いつも、結局ここに行き着く。
トラックが事故にあった。残念。不運。
でも、ピアノが届かない事も、大きなピアノが探せなかった事も、
全ての責任は、「私がステージを演る」と決めた瞬間、私の責任になる。
だから、後は、全力投球。
ピアノの角度を工夫して、なるべく小さなピアノに見えないように、
ほぼ無駄に近い努力も全てする。

ルーマニアでの初めての公演。
初めて来たとは思えないウェルカム。熱狂的なお客さん。
ピアノの大きさも、長旅も、すべて忘れて、音に身を委ねる。
毎日、その日の限界へ。
音楽の楽しい旅に出掛けよう。
近年、インターネットは普及し、音楽も含め、どんなものもネット
で買えるし、
ライブ映像だって、簡単に動画で見れる時代になった。
最近はスーパーの買い物さえインターネットでできる。
人と人との関わりは、30年前に比べたら、本当に薄くなった。
でも、こうやって足を使い、旅をして、人と出逢っては別れ、
という生活を繰り返していると、人は人に生かされていると痛感する。
私が戻りたい場所は、世界遺産でも、おしゃれな場所でもなくて、
人と本気で向かい合った事実を感じる場所だ。
自分で、探して、求めて、つかみ取る場所。

どこにでも、必ず輝きに満ちている場所がある。
それを熱望する事は、私の人生にとても大切だ。
一見何も魔法が起こらなそうな場所も、たくさんある。
みんな「ただのいち仕事」として、仕事をしている時もある。
でも、仕事以上の仕事にするために、
まずは状況や環境にふてくされる前に、
自分から魔法を起こす努力は不可欠だ。

一緒に仕事をしたい人を、世界中に増やそう。
また逢いたいと思える人を、世界中に増やそう。
うまくいかない時だってある。
でも、出逢いたいから、探し続ける。
毎日畑を耕すように。花に水をやるように。コツコツと。

ライブの余韻に浸る暇もなく、
終演直後に3時間のドライブをし、空港近くのホテルに泊まる。
1時間半の仮眠の後、今からスペインへ。
今から、3つフライトを乗り継いで、今日演奏だ。
そう、私はまだ飢えている。
もっと素晴らしい音楽の冒険を。
音楽でお腹がいっぱいになる日は、まだまだずっと来ない。

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