2007年12日26日

「ありがとオスカー」

大好きなオスカーピーターソンが、亡くなった。
足が不自由になろうとも、ツアーをし続け、
手が不自由になろうとも、リハビリをして、
右手が動くようになったら、ギタリストを起用し、
カルテットでライブをし続けた。
音楽へのこの上ない愛情から、
彼が踏みとどまる事はなかった。

イブの晩に訃報を聞き、
最初、実感が湧かなかった。
翌日、テレビやネットでニュースを見ても、
まだ、実感が湧かなかった。
24時間以上経った今、
急に涙が溢れてきた。
2001年に、ノーマン・グランツが、
2002年に、レイ・ブラウンが、
2005年に、ニール・ペデルセンが、 オスカーの盟友が亡くなるたび、オスカーは、
みんな向こうで仲良くやってるさ、と言っていた。
そして、今年、とうとうオスカーが逝ってしまった。

あまりのショックに、哀しみを実感するのに、時間がかかった。
ふとオスカーとの写真を見ていた。
そうしたら、走馬灯のように、オスカーとの思い出がよみがえり、
涙が止まらなくなった。

すごい人だった。
ピアノがこんなに喜ぶものか、と思った。
なんて、明るく楽しいピアノだろう。
なんて、聞いてる人の心を躍らせるのだろう。

最後に会ったのは、去年の8月。
ニューヨークのバードランドでのライブを見に行った時だ。
久しぶりだね、とハグをした。
冗談をいいながら、笑い合っていた。
ほんの1年半前の事だ。
あれが、最後になるなんて、思わなかった。

私は、28年しか生きてないにも関わらず、
自分の大の憧れの人と会って、これだけ交流できた奇跡に、
心から感謝すべきだ。
ほんとに、ただただラッキーだった。

オスカーの家で、シナトラやエラの話をずーっと聞いた事。
コップをたたいて、絶対音感のテストをした事。
人生初めてのレコーディングの前に激励を受けた事。
カナダで子供達にセミナーをしていたら、
オスカーがいきなりサプライズで現れて、
あのオスカーの前で、即興演奏について講座をする羽目になり、
冷や汗をかいた事。
そして、2004年にオスカーの日本公演の前座をやらせていただいて、
初めてステージの袖から、オスカーの背中を見つめ、演奏を聞き、
涙が止まらなかった事。
オスカーの演奏が終わった時、前座の私までステージに呼んでくださり、
一緒にステージに立ってお辞儀をした時、
感動で、足の震えが止まらず、視界はにじんで、何が何だかわからな
かった事。

ずっと忘れない。
彼のピアノは永遠に私の、そして人々の心を打ち続ける。
オスカー・ピーターソンは永遠だ。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。
音楽を通じて人と繋がる事を愛し続けた人生に。
本当にありがとう。

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