2007年1日22日

「果てしない旅」

小さい頃ピアノを始めた時、
なんとなく海外公演を夢見ていたとは言え、
1年に地球を何周もする生活をする事になるとは、
想像もできなかった。
そして、今日私はイスタンブールにいる。

ここのところ私は、「さなぎ期間」にいる。
自分から出て来る音に、全く満足しないという日々が、
ずっと続いているという事だ。
人間というのは贅沢で、山を登っていて、絶景ポイントに遭遇しても、
そこにずっといたら、その景色にも慣れてしまい、
さらなる絶景ポイントを探さないと満足できない。
「ピアノと私の倦怠期」。
お客さんが私の演奏を1年に多くて数回しか聞かないとしても、
私は、1年に何百回と自分の演奏を聞いているのだから、
当たり前である。

この期間の、自分に対する不満っぷりといえばなかなかのもので、
終わってから、楽屋の壁を蹴ったり、
ホテルの部屋に戻ってから、まくらを壁に投げたりする行動が見受けられる。

ここイスタンブールでも、
毎日、終わってするお辞儀は「ありがとう」ではなく、
自分の納得する演奏がお届けできず「ごめんなさい」。
そんな時、大きな笑顔で喜ぶお客さんを見ると、さらに申し訳ない気持ちになる。
もちろん、お客さんを幸せにするのが最低条件だけれど、
やっぱり、私も幸せになりたい。

楽屋に帰って、顔を真っ赤にして、ふくれていると、
トニーとマーティンに、何事かと聞かれた。
ここで、出た一言。
「演奏が絶えられない。面白くない」

二人は、私が言った事を、勘違いした。
私が、ふたりの演奏に絶えられなく、面白くないからいい加減にしてくれ!と
怒っていると思ったのだ。
疲れているのに1時間にもわたるミーティングが行われ、
結局、個々の演奏に対する反省会のようになり、
うなだれて3人とも帰る羽目になった。

こういう時に限って、泊まっているホテルの部屋の蛍光灯が異様に暗く、
お風呂で温泉のもとでも入れて、登別気分でゆっくりしたい所なのに、
シャワールームしかついていなかったりする。
さらには、ちょうど自分の部屋の前で、ビルの工事が行われていたりして、
工事のおじさんと目が合うので、カーテンもあけられなかったりする。
何をしようとしても、無駄な抵抗はやめろと、神様は私をあざ笑うかのようである。
ちょっとは優しくしてよぅ・・と思う瞬間だ。

とりあえず次の日、お昼からクラブに入り、ピアノと戯れる。
とにかく弾く。
大体、音自体も気に入らない。
多分クラブとピアノの音の相性があまり良くないのだ。
そんな試練までよこさなくていいのに、と思いながらも、
いろいろタッチを研究して、どうしたらこのピアノを
一番良く聴かせられるかを考える。
いろいろやっているうちに、ピアノの音と、
マーティンのライドシンバルの音の相性が良くない事に気づいたので、
本番前に変えてもらった。
残念ながら、それ以外何も解決策のないまま、本番を迎えた。
いつも楽しみなご飯も、とりあえず詰め込む感じで、
エンジョイする余裕すら無い。
でも、今夜は心に決めていた。

「行った事のない所に行こう」

トニーとマーティンが、「えぇ!?」と驚く。
「ほ、ほんとに、そっちでいいんですか?
明らかに道がなく、ただの雑木林ですけど」という方向でも、
とにかく後ろを振り返らず、進んで行く。
「こっちで絶対正しい」という直感が生む信念を貫き通す。
いつもと違う音。バランスが少しでも悪いと思ったら、迷いが出る。
それでは、ダメだ。誰がなんと言おうと突っ走らなくては。

結果。
惨敗!

そちらの雑木林には、何もなかったのである。
でも、どこかで通った事のある道や、知ってる道を通るよりは、
断然面白かったし、可能性は見えた。
極端なチャレンジが音楽には必要だ。
自分を納得させるには、何事にも必要なのかもしれない。

ファーストセットが終わり、楽屋に戻る。
「昨日よりは、おもしろかった」とつぶやき、
二人も同意する。
その時だった。
楽屋をノックする音。
オーナーが家族らしい3人組を連れて来た。

「この家族は、今回のひろみのライブで、一番最初に予約してくれたお客さんだよ」
「こんにちは」と挨拶をする。
この後、仰天発言が飛び出した。
「私達はデンマーク出身で、今はオスロに住んでいるんだよ」
「そうなんですか?こちらへはお仕事か何かで?」
「違うよ!ひろみを見に来たんだよ。
来週のスイス公演は、どうしても仕事で日程が合わなくてね、
トルコに来るしかなかったんだよ」

開いた口が塞がらない。

オスロって、ノルウェーだよ!
ノルウェーから、トルコって軽く飛行機で5時間以上、かかるんだよ!

「本当にはるばる来て良かった。
数ヶ月前に偶然ひろみのアルバムに出逢って、
絶対ライブを見たい!と思ったんだ。
ピアノに挑んでいくような姿勢、音、全て本当に堪能したよ。」

いろんなお客さんがいる。それは当然だ。
正直トルコでは、自分を見に来ているお客さんなどいないと思っていた。
クラブに偶然居合わせたお客さんにアピールするのだと思っていた。
そしたら、思わぬ味方を発見した。
惨敗したと思っていたリスクを負った演奏で、
自分の演奏を知っているお客さんを喜ばす事ができた。
自分の中で何かがクリックした。

「セカンドも残っていきますか?」
「もちろんだよ!何度も言うけど、オスロから来たんだよ!全部見て帰るよ!」

「この感動の後に、私は、さなぎ期間を打ち破ったのだった、めでたしめでたし」となると、
話として、格好がいいが、世の中そんなに甘くはない。
セカンドセット。さらにリスクを負ったプレイ。
ここ最近では一番面白いプレイで、自分がほくそ笑む部分も何度もあったが、
満足がいくものとは言えなかった。
でも、嬉しかった。オスロの家族に助けられた。
「次は何をやります」と言うと、「それ聞きたかったよ!」という顔をしてくれる。
東京ドームで巨人戦をしていた阪神の選手が、
タイガースのメガホンを持ったお客さんとばったり会ったような感じだ。

グリーンティーファームを演奏する時、思った。
「浜松にいた頃、イスタンブールで演奏して、
そこにノルウェーから見に来て応援してくれる人がいるなんて、
想像もしてなかったよね」と。
感謝の気持ちをたくさん込めて、演奏した。

継続は力なり。
開かないドアはない。
開くまでノックし続ける事が大切なんだと思う。
それが、何日、何ヶ月、何年かかろうとも。
重いドアだったら、それを開けられるように、
筋トレして、さらに力強くなって、
また何ヶ月後にドアを押してみて、
それでも開かないのなら、また再挑戦する。
結局何事も忍耐力なのだろう。
再挑戦し続けることは、簡単な事ではない。
そのたびに、自分自身に落胆し、少し弱り、
でもそんな弱った自分を戒め、
そのショックによって、さらに強くなる。

果てしない旅。
終わりのない旅。
私が、自分の演奏に完全に満足する日は、一生ないのかもしれない。
だから、私は今日も挑戦し続ける。
見た事のない世界を探して。

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