2005年10日24日

「マーティンの故郷へ」

旅にはいろいろなバッドラックがあるが、最初が肝心であって、
ひとつ悪い事があると、雪崩のように、悪い事が起こったりする。
なので、いつも旅に出る日は少し緊張気味で、
何もありませんように、と思いながら、ドキドキ生活している。
出発当日、NY自宅にて、スーツケースも詰め終わり、
お昼を食べようとしたそのときだった。
お湯も沸き、さすがにスロバキアでは、
和食も食べられないだろうから、食べおさめておこうと
「ラーメン屋さん、醤油味」袋入り麺に手を伸ばしたとき、
悲劇は起こった。
ヤラレタ!
見覚えのある、ギザギザに引き裂かれた切り口。
見てみると、半分麺がない。
前のねずみハウスからは引っ越して、
結構余裕で生活していたが、ついにやられた。
しかも、前回はパンだったから、ヨシとしよう。
今回はラーメンである。よりによってラーメンである。
私は、日頃怒る事はあまりない性格である。
ねずみにパンを食べられたときでさえ、
みんな生活しなきゃいけないんだから、と、
執行猶予を与える余裕があった。
しかし、今回は話が違う。
なぜなら、袋入りラーメンの周りには、うどんやそばもあったし、
何より許せないのは、私の大好きな「ラーメン屋さん、醤油味」の隣には、
こっちでしか売っていないあまり美味しいとは言えない
アメリカ人向けの袋入りラーメンがあったのだ。
「ラーメン屋さん醤油味」は、
日本食スーパーまでわざわざ足を運ばないと買えない代物で、
そこらへんのコンビニで売っている、
なんちゃってラーメンとはわけがちがう。
なのに!それが横にならんで置いてあったにも関わらず!
しかも、それの方が手がのばしやすい位置にあったにも関わらず!
わざわざ美味しくて高い方を食べたのである!
久しぶりに、顔が紅潮するほど頭に来た。
ねずみ撃退スプレーをキッチン中にまき散らす。
本気である。
結局食べそこね、日本食スーパーまで買いに行く時間もなく、
リベンジを心に誓い、しぶしぶ空港に向かう。
いつもNYで空港に行く時は、いわゆる白タクというものを利用している。
白タクといっても、怪しい白タクではない。
ブルックリンには白タクしかないのだ。
ちゃんと会社が経営しているもので、危ないものではない。
(観光の時は、ちゃんとイェローキャブに乗りましょう)
これだと、イェローキャブの半額くらいで、空港につくのだ。
しかも、トニーもマーティンもピックアップしてもらえるので、お得。
その代わり、安いだけあって、問題がある。
英語があまり通じないのだ。スペイン語のみ。
気だてのいいアミーゴが運転手である。
今回は、マーティンのホームランド、スロバキアでの公演なので、
マーティンはすでに現地入りしていて、トニーと二人だけで行く事に。
まずは、見た事のないような渋滞。
こういう事態も想定して、大体いつも余裕を持って出るのだが、
それでも余裕がなくなるような渋滞である。
なんとかトニーの家に到着。
ここまで、いつも15分なのだが、30分かかる。
ピックアップして、トニーと無駄話をする事30分。
だいたい、トニーの家から空港が3-40分。
思ったより流れていたので、
あと10分くらいでつくかな、と思いきや、
この瞬間、目の前にした景色は一生忘れないだろう。
目の前に広がる空港。
ザ・ラガーディア空港。
オイオイ、アミーゴ!JFKって言ったじゃないの。
「ノーラガーディア。JFK!」
誰でもわかりそうな英語で伝えると、
「オー、アイノウ」
絶対嘘である。
絶対間違えたのである。
でも、間違えたっていうと、大変なことになるのがNY。
訴えられたり、仕事を失ったりと大変である。
たいていの人は間違いを認めない。
とにかく、今このアミーゴを責めた所でどうにもならない。
なんとか、早くしてもらうように言う。
今までの数々のトラブルから、トラブルがあった時に、
相手を責めるとロクな事にならないのは、重々承知である。
早くしてもらわないと間に合わなさそうな顔をする。
ボディランゲージならぬ、フェイスランゲージである。
そして、ここから、また無駄な渋滞が。
おもしろいくらい、進まない。
ほらね、わかっていたよ。あのラーメン襲撃事件の瞬間から、
今回は一筋縄ではいかないこと。
今日は、到着してそのままライブ。
しかも、空港から3時間離れた街である。
さらには、マーティンのホームランド。
遅れた場合のマーティンの泣き顔が目に浮かぶ。
万が一の事態を想定して、
マイレージを使って他の航空券を買うなど、対応策を練る。
幸いな事に夜6時の便だったので、
ウィーンに飛ぶ最後の便は8時半だと言う事が判明。
最悪の場合も、ライブを逃す事はないという事がわかり、少し安心する。
でも、がんばってよ、アミーゴ。君にかかってるんだよぅ。
乗る事さらに40分。
出発時間まで1時間半を切った所で、到着。
このアミーゴが、また間違えて、
出発ターミナルではなく、到着ターミナルに車をつける。
3階上だってば!
でも、車でぐるっと回ってくるより、
自力でエレベ-ターで行った方が、早いので、
猛猛猛ダッシュ。
エアーリンガスというアイルランドの航空会社は、初めて利用したが、
驚きのルーズさで、何も咎められる事なく、チケットを出してもらい
ほっとするのもつかの間、
「キーボードを機内に持ち込めないので、チェックインしてください」
冗談じゃない。
ただでさえ、最近ご機嫌ななめのノード君を
ベルトにのせるわけにはいかない。
ここのカウンターで働いている人全員が、
ここに集まっているんじゃないかと思うほどの人数を相手に、
猛烈に交渉すること15分、持っていっていいとしぶしぶ言われる。
さらには、考えられないほどの、セキュリティーの列。
本当にスムーズにいかないのが、旅である。
いろいろあったが、無事ウィーンに到着。
HIROMIと書いたサインを探す。
どこを見てもいない。
またか・・・。
知らない国で、知らない人に囲まれ、
知らない言語がとびかっている時の、待ち時間ほど長いものはない。
サインを持っている人をじろじろ見たり、
時々「ひろみ」と自分の名前をこっそり叫んだりして、
完全に怪しい人になること、30分。
サインを持っている人が走ってきた!!!やっと発見。
そこから車で揺られて1時間。
オーストリアースロバキアの国境を越え、ノムザムキーへ。
やっと到着。
この先にも、ピアノがあり得ない程の小ささ(しかも茶色)だったり、
ピアノ椅子がなく、会議室に置いてあるようなイスでやったりと、
まぁいろいろな事があったのだが、そこらへんは省略。
ノムザムキーの人が狂喜乱舞してくれれば、
こんな旅の事なんて、へっちゃらである。
終わってから、
みんなに「楽しかった」「来てよかった」と言ってもらえて初めて、
疲れが癒される。
演奏して、疲れが癒されるのは、変な話に聞こえるかもしれない。
普通は、演奏したら、疲れるはずだからである。
それだけ、ライブというものは、エネルギーをくれるものなのだ。
今日はこれからマーティンの故郷、首都ブラティスラバでの演奏。
マーティンとは長い事一緒に演奏しているけれど、
彼のこんな嬉しそうな顔は見た事がない。
ライブが大好きな彼は、確かにいつも嬉しそうだけれど、
今回は、どうしようもないくらい嬉しいのだと思う。
お世話になった人や家族、友達がみんなこぞって見にくるからだ。
しかも、夢の自宅出勤。
私の、「浜松状態」だ。
自分の生まれ育った国での演奏は、格別である。
私も、日本ツアーをする時は、言葉では言い表せない思いがある。
彼は、到着してから「来てくれてありがとう」と何度も口にした。
実は、マーティンを驚かそうと思って、
NYでこっそり練習していったスロバキア語をノムザーキーで披露。
彼は、「信じられない、本当にありがとう」と言ってきた。
でも、まだ私のスロバキア語ボキャブラリーは
すべて披露されていない。
今日もさらに曲説明などを、全編スロバキア語で行う予定だ。
ふっふっふっ。見てろ、マーティン♪
マーティンのお世話になった人に、
私も、マーティンと一緒にお礼を言うつもりで、
精一杯の演奏をしてきます。
今日も、またピアノ椅子がなくて、ドラム椅子だったり、
明日はスロバキアでテレビ生出演があったり、
明後日は、ここから車で5時間の街、コルシチェで演奏した後に、
フライトが次の日、朝10時出発のため、
夜中3時にホテルを出発し、
車で5時間揺られてから、飛行機に乗るなど、
まだまだいろいろあるけれど、きっとなんとかなるだろう。
マーティンの屈託のない笑顔を見ると、
そんな事はどうでも良くなってくる。
人の笑顔は、人を幸せにしてくれる。
だから、私は、お客さんの笑顔に出会えるライブがやめられないのだと思う。
"追記"
1曲目が終わった後に、耳が痛くなるような拍手をもらった時、
マーティンの目が潤んでいるのが見えた。
嬉しさが何倍にもなる。私も涙目になる。
「オン・ドラムス・マーティン・バリホラ」
いつもの10倍くらいの声で、何度も何度も叫んだ。
熱気に包まれ続けた1時間。終わらないアンコール。
マーティンは、とても誇りに満ちた、凛々しい顔をしていた。
マーティンの家族親戚一同に会って記念撮影。みんな狂喜乱舞していた。
どこの国でも、家族親戚は同じだ。とても暖かい。

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