2005年8日30日

「LOVE & PEACE & MUSIC」

イスラエル。
毎日テレビで何かしら放映されている、情勢の厳しい国だ。
そこで演奏する事になった。
かなり大がかりなジャズフェスティバルだと聞いていたので、
セキュリティーはしっかりしているだろうし、
何ひとつ心配する事はないだろうと思いながらも、
やはりいつもにも増して、緊張はしていた。
想像がわかないのだ。
イギリスだったら赤いバス、フランスだったらエッフェル塔。
何かしらイメージが浮かぶのだが、
イスラエルから浮かぶものは、毎日CNNで流れてくる深刻な状況のみ。
この緊張感は、イスラエルに到着する前のJFKですでに始まっていた。

マーティンは、スロバキアに帰っていたのもあって、
現地で合流する事になっていた。
私とトニーと今回同行したカメラマンの白土さん。
まずは、JFKのチェックインカウンターで厳重なチェックを受ける。
このチェックを通り抜けないと航空券さえもらえないのだ。
「渡航理由」「荷物についての質問」など軽く50個くらいの質問を受けた後、
身体検査。荷物検査。
そして、別のルートに回される。
厳重調査の必要ありの人だけが回されるルートである。
3人で「一体どこからどう見たら怪しく見えるのだろうか・・・」
と首をかしげながら、いすに座る。

まず、周りを見渡してみると日本人が私と白土さん以外、ひとりもいない。
イギリス人と日本人二人。
関連性のなさそうな3人はひっかかって当たり前なのである。
無害である事をアピールしようと、笑顔を作るので、よけい怪しくなる。
ひとりは、ベースを持っているし、それがひっかかる。
もうひとりは、大きなカメラ&三脚&ハードドライブがひっかかる。
そして、ノード君がひっかかる。
最近、手のかかるノード君。
やはり今回も注目の的である。

ひとりずつ小さな仕切られた所で、靴も脱ぎ、細かく身体検査をされ、
もう完全な容疑がかかっている状態で1時間を過ごす。
そして、なんとかクリア。
ここからさらに驚いたのが、
航空券をもらったこのチェックインカウンターからゲートまで、
自分たちだけで行かせてもらえない事である。
多分、途中で誰かと接触しないか、などいろいろ疑っているのであろうが、
もう完全外界シャットアウトである。
イスラエルに渡る前に、
しばらくお別れする事になる中華料理でも食べておきたいという、
小さな夢は散る。
あまりにおなかがすいていたので、コンビニに寄らせてもらう。
ここでも、セキュリティの人は目を光らせて私が何を買うのかチェックしている。
ポテトチップスとバナナだってば!
そして、半分飛行機に押し込まれるような形で、飛行機に搭乗。
並んでいる人も全員飛ばしての搭乗なので、
考えようによっては、VIPのようであるが、ただの危険人物である。

そして、やっとフライト。
イスラエルというのは、結構遠くて、11時間くらいかかる。
この機内食で驚いた事がある。
「きゅうりの浅漬け」が出たのだ。
イスラエルにはきゅうりの浅漬けがあるらしい。
今までで一番美味しい機内食だった。きゅうりだけでいいと思った。
トニーがきゅうりをなかなか食べないので、チャーンス!と思い
「きゅうり嫌いなの?」と聞くと、
「いろいろ時間配分を考えて食べてる」と言う。チッ。
トニーが、フォークを置く。
まだ、きゅうりが残っている。
でも、まだ時間配分しているのかもしれない。
5分経過。10分経過。
口には出さなかったが、あまりの視線にトニーが
「欲しいの?」
・・・・・・・。
きゅうりをゲットするが、
飛行機で酔ってキュウリしか食べれなかった白土さんにきゅうりは渡すことにする。

テルアビブに到着。暑い。
「HIROMI」と書いた紙をもった人を発見。
車で次の空港に移動。日本で言う所の、成田ー羽田である。
そして、ここでまたセキュリティー。
30コくらい質問をされる。
セキュリティーを出てから、小腹がすいたのでサンドイッチを買う事にする。
ただ、カードが使えないので、ATMで現金をおろす事に。
換算レートが、全くわからない。
近くの人に聞くと「1ドル=40シュケル」らしい。
500シュケルおろせば、サンドイッチとコーヒーくらい買えるはず。
そして、お店へ。サンドイッチひとつ15シュケル。
え!?
数学は得意ではないが、これくらいの計算はできる。
15割る40。0.375。37.5セント?安っ!
コーヒーは10セントだ。
トニーと白土さんと「すごい安いー!」と感動する。
「なんでもおごってあげるよ。トニー」と言う私。
そして、同時にイスラエルからアメリカに出て来ている友達の事などを考える。
物価が高くて大変に違いない。少し、悲しい気持ちになる。

一休みした後、飛行機へ。なんせ、ここの空港。ゲートはひとつしかない。
空港の大きさは、30畳くらいである。
そして、出た!
久しぶりの出番である。
「ザ・プロペラ」
ここは、なんと今までに見た事のないプロペラ専用飛行場である!
ここから飛ぶのであれば、プロペラは否めないのである。
しかも、不思議なのが、普通のプロペラ機に乗れればまだ良いと思えるくらい、
周りに見た事のないくらいのヘリコプターサイズの飛行機が立ち並ぶ。
思わずカウンターの人に「私の乗る飛行機は何人乗りですか?」と聞く。

「60人」

セーフ!ヘリコプターは逃れる。
そして、プロペラ機へ。

エイラットに到着。もわっと熱気を感じる。普通の暑さではない。
通訳の人と合流。気温は45度らしい。お風呂のようである。
ホテルへ向かうバスの中で通訳の人に
「イスラエルは物価がほんとに安くてびっくりしました。
マッサージとか800円くらいできちゃうんだもの。すごいですね」と言うと、
「え!?マッサージは最低でも8000円くらいしますよ」と言われる。

・・・・。嫌な予感。

換算レートが間違っていた。
「1ドル=4.5シュケル」だったのである。45ではなく。
という事は、あのサンドイッチは4ドル弱。コーヒーは1ドル。
なんだ。普通・・・・。
危うく、イスラエルで大金を使うところであった。危機一髪である。
換算レートはきっちりチェックしてから入国したいものである。

エイラットという街は、いわゆるリゾート地。
リゾートホテルが並んでいて、確かに回りは砂漠&山だけれど、
イスラエルの人が、バケーションに来る場所だ。
イスラエルという国は、ニュージャージー州の大きさしかないらしい。
なので、車で移動していると、標識で「→エジプト」「←ヨルダン」
なんていう標識を見かける。
日本で「→韓国」という標識は見ないので、
国の小ささと陸続きの緊迫感を感じる。
紅海を挟むと、向こう岸にサウジアラビアや、ヨルダンが見える。

朝起きて、テレビをつけると、火があがっている。
どこかで誰かが戦っている。
驚くのが、それが今この国で起こっている事である。
そういう事で、やはり緊張感が増す。

電話がなる。
「サウンドチェックの事で話がしたいので、至急ロビーまで来てくれ」との事。
ロビーに向かうと、ジャズフェスの責任者が何人か集まっている。
「サウンドチェックは14時との事でしたが、今の状態でやると、
サウンドの人が倒れる恐れがあります。
なので、本番前の1時間半のスポットでやれませんか?」
倒れる恐れ!?
なんでも、今日は50度あるらしい。砂漠、恐るべし!
野外フェスなので、仕方ない結論であろう。
「サウンドの人が倒れる恐れがあるのでサウンドチェックがキャンセルになる」
というのははじめての経験だった。
まだまだ世の中には知らない事がたくさんあるな、と思う。

そしてコンサートへ。
バンでコンサート会場に向かう。
入念なセキュリティーチェック。
ジャズフェスの入り口に,
空港のセキュリティー並みの金属探知機(くぐる門)があるのは、初めて見たし、
セキュリティーの人が、全員マシンガンを持っているのも初めてだった。
ホテルにいると、リゾート地で、みんな家族連れや恋人同士なんかで来ていて、
楽しそうなはちきれんばかりの笑顔が溢れるのだが、
こういう所で国の緊張感を感じる。
考えてみれば、ホテルにはホテルのパスがないと入れてもらえないし、
セキュリティーは本当に厳重である。

コンサートが始まる。すでに夜1時である。
ステージにあがる。イスラエルでははじめての公演。誰も私の事は知らない。
私がステージにあがると、「あ、なんかちっこいの出て来た」という感じである。
今から起こる事は、今まで体験した事のない事である。
1曲1曲会場のテンションがあがって行く。
踊り狂う人。叫ぶ人。大泣きしている人。
あらゆる世代の人が、手を高くあげて拍手してくれる。
このコンサートは本当に盛り上がったとかそんな言葉じゃ片付けられない何かだった。
「何かが生まれる」瞬間である。
巨大なエネルギーが客席とステージが一体となった瞬間に生まれ、
それが宇宙まで突き抜けそうな感じである。
本当に記憶を失ったくらいにあっと言う間に過ぎた時間だった。
終わると、アンコールの嵐。
これも普通のアンコールではない。
そこにいる人全員がものすごい手を叩いて、
ものすごいがんばって声を出してはじめて生まれる音。
こうやって1日目のコンサートは終わった。
その日興奮冷めやらぬ私は、
会場で朝7時までオールナイトで行われているジャムセッションに出かけ、
さらに演奏をする。寝たのは朝5時半。長い一日だった。

演奏二日目。
会場に行くと、何かが違う事に気づく。
裏で働いている人が呼びにきた。
会場の外に、ものすごい列ができているらしい。
開場とともに、どわーっと私のコンサート会場の中に人が流れ込んで来た。
全力ダッシュである。こんなの見た事がない。
デパートのバーゲンセールの開店みたいである。
そして、開演時間には1日目のコンサートで70%入りくらいだった会場が、
120%くらいの入りになり、立ち見も出る。
何か熱いものがこみ上げてくるが、我慢する。
これから、演奏だ。熱くなるのはまだ早い。
ヒロミコールや、さらには「結婚してくれー」と叫ぶ人まで出て、
ものすごい状況で演奏を終了。
多分本番中に10人くらいに求婚された。初プロポーズである。笑

演奏を終わって、他のライブを見に行こうと、
ジャズフェス会場内をうろうろしていたら、
たくさんのお客さんに話しかけられた。
普段の私は、演奏中と演奏していない時のルックスがとても違うらしく
(服も着替えているし、さらに普段はあまり顔に緊迫感がないらしい)
演奏後うろうろしていても誰にも声をかけられない。
確かにさっきまで全身黒づくめだったピアニストが、
ドーナッツと書いた黄色のTシャツを着て歩いていたら気づかないのも仕方がない。
アジア人はそんなに珍しい人種ではないし、結構いるので、
混ざってしまうとわからないのだ。
アトランタジャズフェスでは、
「いやー、今演奏していた君と同じくらいの歳の子、良かったよ。見た?」
とお客さんに声をかけられた事もある。
でも、ここイスラエルでは、イスラエルにいるアジア人は、
私と白土さんだけではないか!と思うくらい、誰もいない。
なので、ドーナッツでも気づかれるのである。
白土さんなんて、みんなに「演奏よかったよ!」とほめられる始末である。

そして、歩いていたら、自分の母親と同じくらいの歳のおばさんに出会った。
彼女は、「I loved your show」と言った瞬間、ぐわーっと泣き出した。
そして、そのおばさんと一緒にいたおじさん、
友達のおばさんもつられて泣き出した。
今までずっと張りつめていた何かが音をたてて切れた。
思わず無言でおばさんとハグ。涙がこぼれ出てくる。
こんなに身近に世界の深刻な状態を感じた事はなかった場所で、
その中にまだ音楽を楽しもうと希望を持ってジャズフェスに参加し、
リゾートでバカンスを楽しみ、
人生を十分楽しもうと夢と希望を忘れていない人達がここに集まっている。
そのお手伝いができた事が、本当に嬉しかった。
この後、何人にも泣いた人に出会った。そして、自分も泣いた。

今回ここRed Sea Jazz Festivalでは、何かが私に味方をしていてくれたのだと思う。
何か運の神様に守られていたような気がする。
これだけたくさんいい経験をさせてもらったのだから。
これだけ素敵な経験を数日間ですればすごい事だと思うのだが、
まだこの素敵なミラクルは終わらない。
自分の後に出たサルサバンドを見ていたら、
リーダーにいきなりステ-ジから名前を呼ばれたのだ。
「ヒロミー!」
そして、ステージへ。何をやればいいの?とピアニストの人に聞くと、
どうやらスペイン語しか話さないらしく、会話にならず、
とにかく感覚で着いていくしかないという事になる。
女は度胸ということで、とても楽しいセッションになる。
後で写真を見て、ドーナッツの衣装でステージにあがった事に気づくが、
それもまぁいいとする。
ここでまたヒロミコールが起こる。
イスラエルの人にこんなにヒロミという名前を呼ばれるとは思わなかった。
みんなヒロミという名前を呼ぶのも、ほとんどの人がはじめてかもしれない。

この後「今日もジャムセッションに来る?」と何人にも聞かれ、
疲れはピークに達していたが、ここで行かねば女がスタるので、もちろん行った。
サルサのバンドの人達ともまた一緒に演奏をする。
そして、トニーマーティンとも一緒にステージにあがり、
さらにオリジナルを1曲やる。
客席から「I LOVE YOU!」と叫ばれ「I LOVE YOU TOO!」と返す。
何時間引き続けたんだろう。この日は。
朝7時のフライトでNYへ向かう予定で、6時には出発だった。
結局朝の5時まで弾いた。

イスラエルは、一生ものの経験をした。
人の優しさに触れた。
そして、心から世界平和を祈った。

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