2005年8日5日

「試練のフジロック」

フジロックに行ってきました。
怒濤の二泊四日の旅。でも、今回これを体験してみて思った事。
下手に5日間くらい行くより、疲れない。
わけのわからない間に、長時間の飛行機に2回も乗るので、
気づいた頃には、家。
なんだか、夢を見ているような感覚でした。

14時間の飛行機移動を終え、いざバスで苗場へ。
最初にバスの運転手さんが、カラオケ用マイクで「出発します」のアナウンスをし、
トニー、マーティン大興奮。これって日本特有みたいです。
マーティンは予想通り、カラオケ用マイクを手に取り、
一人でスロバキア童謡を歌いだす。
しかも、これだけ旅をしていると、よく出る鼻歌にも慣れてきて、
そのスロバキア童謡を一緒に口ずさめた自分がいた。
もういつスロバキアに行っても、大丈夫である。

途中、雷雨だったのだけれど、この雷のおかげで、
見えないはずの山が見える、という不思議な体験をした。
ピカッと光るたびに、山の形が浮かび上がる。
なんとも神秘的な瞬間だった。
「今は、雷雨の中、ライブなのか・・・」

4時間半のバス移動を終え、苗場に到着。
時刻夜11時。ホテルにチェックイン。
部屋に入ってすぐ、レインコート持参で外出。
周りの人には「よく元気あるね・・・。チャレンジャーだなぁ」と言われるが、
明日は演奏終了後すぐに東京戻りだし、
夜のフジロックを味わうには今しかないのだから、仕方あるまい。
ひとりで行くのは心細いので、トニー、マーティンの疲れ具合チェックをした所、
トニーはかなりダウンしていたため、マーティンを採用。
「えー、今からいくの?」と愚痴を言われながらも、連行する。

雨はだいぶ小降りになっていたものの、道はぐちゃぐちゃである。
みんな、筋金入りのフジロッカーなお客さん達は、長靴持参。
私は、ジーンズを、かなりかっこ悪い位置までまくりあげて、探索開始。
とりあえず、人の流れに乗ってみる。
そうしたら、テント場のようなところに行ってしまった。
「テント券がないと入れません」。
どうやら、時間が時間だけに、人の流れに逆らわなければ、ライブ会場には
たどりつけないらしい。
人の流れに逆らっている数人を発見。彼らにこっそり着いて行く事にする。

まず目に入った、巨大なオブジェの数々。
アートの展示の横で、ライブをしていた。
ルーキー・ア・ゴーゴーという会場で、フジロックに出るのが初めてというバンドを
何バンドか見る。
彼らの、魂のすべてをかけたプレイに、共感。
気合いが入っている。
この気持ちは、ミュージシャンが一生持ち続けるべきものだな、と思う。
そのあと、また人の流れに逆らっている数人を発見し、こっそり着いて行く。

そして、レッドマーキーという巨大クラブのような会場に到着。
TOWA TEIがやっていた。踊り狂う人達が溢れる。
すごいエネルギー。一体感。ゾクッとくる。
音楽を愛してる人達がなんて溢れてる場所だろうって事を、実感。
ステージが終わり、帰ろうとしたら、ものすごい人の波。
帰る道のりはひとつしかないため、人の流れに乗りながら、ちょこちょこ進む。
ちょこちょこ進んでいる間に、足は泥だらけになる。
途中、道で寝ている人や、道に設置されている蛇口で髪を洗っている人、
川で足を洗っている人など、野性的な光景を目にする。
音楽に対する情熱をひしひしと感じる。
そして、さらに歩いていたら、巨大なテント群が視界に。
こんなにギッシリ詰まったテントを見た事がないという程の数である。
ここに来ているお客さんの相当な覚悟と、気合いに圧倒されながら、
どろどろになった靴を見て、外出して良かったな、と心から思う。
これって、明日ホテルから車で、
アーティスト用の道を通ってステージまで行ったら、
絶対体験できない事である。
少しでも、お客さんの気持ちを理解するのは、演奏者にとって大切な事だと思う。
良かったなーと満足しながら、ホテルで靴をゴシゴシ洗い、その日は終了。

フジロックというイベントは、サウンドチェックもリハーサルもない、
本番一発勝負のイベントで、それがまたなんともない気合いを生む。
バンド入れ替えをしている間に、ピアノがどういう状態なのかご機嫌伺いに行く。
どうやら、機嫌はまずまずらしい。
機嫌の悪かった所を、調律の"なんでも治せる万能お医者さん"小沼さんに伝え、
本番を待つ。
だんだんテンションがあがってくる。
本番開始。
会場が一体化していくのを体で感じる。
そして、事件は起こった。
4曲目の『カンフーワールドチャンピオン』の時・・・。

「One, Two, One, Two, Three, Four,
びよーーーーーーーーーーーーん」

びよーん!?
パーカッシブなリフが始まるはずが、びよーん?
キーボードの音が伸びたまま、治らない、その癖、電源は切れている。
おかしい・・・・。
スイスのヒューズ以来のピンチである。ノード君、ご機嫌ナナメ、か!?
電源を入れ直してみる。普通に戻った。
良かったーと思い、気をとりなおして、カウント。

「びよーーーーーーーーん」

!!!
今日の主役は、オレ!と言わんばかりのノード君。
また、電源が切れている・・・。
「あちょー」と言ったり、拍手をしてくれたりして、
こんなトラブルまで盛り上げてくれるお客さんに涙が出る。
私、この曲をフジロックでやるのが夢だったのよぅ。
二泊四日でここまで来たのよぅ。お願いだから治ってよぅ。
願いをこめて、電源を入れ直してみる。普通に戻った。
少し弾いてみる。大丈夫そうだ。
カウント開始。
なんとか、治った。

1分後、また切れる。
電源を入れ直しては、切れ、入れ直しては、切れの状態を演奏中に繰り返す。
演奏は止まらず、切れて再起動している間はピアノでつないで、乗り切る。
キーボードが完全にソロになる部分がこの曲には4小節ある。
ここで切れたら、曲が止まってしまう。
心から、「頼むよ、ノード君」と言い聞かせて、4小節の瞬間がやってくる。
伊藤みどりの3回転半くらいの緊張が走る。
やる時はやるノード君。乗り切った!
その後、また切れて、キーボードでいつも弾いていたエンディングもピアノで弾く羽目になり、
さんざんなカンフーに仕上がる。

正直、カンフーがやりたくて、フジロックに出たかったと言っても過言ではない。
それなのに、カンフーで、しかもフジロックで、壊れたノード君。
あまりのショックで、次の曲に怒りをぶつける。
怒濤の『ダンサンド・ノ・パライーソ』になる。
あんなカンフーだったのに、アンコールをくれるお客さん。本当にかたじけない。
何がなんだかわからないままに、ライブが終了。
悔しさで胸が一杯だった。
ほんとに、ほんとに、悔しかった。
なんで、今日なんだろう、とか、
なんで、あの曲で壊れるんだろう、とかいろいろ考えた。
きっと、神様仏様が、試練を与え続けているんだと思う。
「本番中に、何が起きても、ちゃんと乗り切れる経験を積め」
という事なんだと思う。

その後、いろいろこれからの防災対策を考えた。
「もしベースの弦が切れたら」とか、「ピアノのいすが壊れたら」とか、
「ドラムに穴があいたら」とか。
もっと発展して、「演奏中に舞台セットが落ちて来たら」とか、「停電になったら」
とかまで考えてしまった。
何が起きても、演奏し続ける事は、最低限のマナーである。
よく学んだフジロックであった。

結局ノード君は、中のネジがゆるんではずれていた模様。
旅の疲れだったのかもしれない。
ずっとこれだけ一緒に旅をしていれば、ネジの1本や2本、ゆるみます。
ノード君も全く肝心な時に気をゆるめてもらっては困ります。
これからはちゃんと定期検診へつれて行きます。

今回一番感じた事。それはやっぱり、お客さんの暖かさ。
あの時、キーボードが壊れた事にたいしてブーイングしても良かったはずなのに、
笑って流してくれて、さらに、暖かい目で見守ってくれたお客さん、
そして、あの過酷などろどろ山道のなか、
一番ゲートから遠いステージまで歩いてきてくれたお客さん。
頭があがりません。本当にありがとうございました。

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